中学二年生の時、私はいじめられていた。
いじめる側の中心になっていたのは、山田だった。学校の帰りに、お菓子やジュースを買うように強要してきた。しかし、山田は先生の前では私と仲の良い友だちを演じている。
山田が私に要求してくる物の値段がどんどんはね上がり、母や祖母の財布からくすねるだけではすまない金額になっていた。お金が出せないと山田は私のお腹を何度も強くなぐってくる。おしっこに血がまじって真っ赤になって出てくることもあった。
私は追い込まれ、死ぬことばかりを考えていた。
ある日の体育での柔道をやっているときのことであった。私と山田が組み合っていると、山田が何度も足をけってくる。
「いたー」
しんぼうしていたが、つい口に出てしまった。
「足ばらいやー」
山田は、クスクス笑う。
私はしんぼうしきれなくなって、ひじで山田の顔面をなぐりつけてしまった。
「いたー、なにすんねん」
顔を真っ赤にした山田が殴り返そうとしてきたので、私と山田はもみ合いになった。それに気づいた体育の先生が二人の間に強引に割って入ってきた。
「どうしたんや」
と先生がたずねると、
「私はなんにもしてへんのに、こいつがいきなりなぐってきたんです」
と私をにらみながら毒づいた。
「それは、ひどいなー。村上、今日の放課後、居残りや」
放課後に体育の先生と担任の先生に残された。事情をきかれることもなく私はきつくしかられた。体育の授業の一件から山田のいやがらせは露骨になってきた。私は、どうでもいいような投げやりな気持ちになっていた。
担任は年配の女性の先生であったが、私たちの関係をなにもわかっていなかった。
ある日の数学の授業のことである。教科担当は担任の先生であった。
「それでは今から前やった小テストを返します。名前を呼ばれたら前に取りに来なさい」
私がテストをもらって、机にもどろうとすると、山田がいきなり足を出してきたので、私は床に派手に転んでしまった。かっとなった私は、立ち上がり山田をげんこつでなぐっていた。
担任の先生が近づいてきて叫んだ。
「村上くん、なんてことするの?あんた体育のときも山田くんのことなぐったでしょう。そんなことばっかりしていたら、高校にも行けへんよ」
教室はさっきの大騒ぎが嘘のように、シーンと静まりかえった。そのときある生徒がすっと手をあげた。
「どうしたの? 太田くん」
私は彼のことはまったく知らなかった。
「私は見ていました。山田くんが急に足を出して村上くんをこかしたんです。体育のときも山田くんが村上くんの足を何度もけっていたんです。」
決して大きな声ではなかったが、その声は凛としていて私の心の奥底に落ちていった。先生があわてて山田に向き直り、
「それ、ほんま? 山田くん」
と詰問した。山田は肯定するかのようにうつむいた。
「昼休みに村上くんと山田くんは、相談室に来て。生徒指導の先生も入ってもらって話をきくわ」
昼休みに生徒指導の先生が今までの事情を細かく聞いてくれたので、担任の先生は私に、
「何も知らずにごめんね」
とあやまってくれた。
その日の放課後、私は前を歩く太田くんに駆け寄り声をかけた。
「今日は、ほんまにありがとう……。違う小学校やし、初めて同じクラスになったのに、なんで助けてくれたんや?」
太田くんは少し顔を引きつらせて言った。
「村上くんがいじめられてるところを何度も見て、黙っているのが嫌になったんや」
「私を助けて太田くんも仲間はずれにされへんかな?」
心配になってきくと、
「だいじょうぶや。私、はじめから友だち少ないし……」
とさびしそうに笑った。それから太田くんと私はどんどん仲が良くなっていった。
『私に、はじめて友だちができたんや』
そうさけびたくなった。それまで私はこれまで自分がずっと、ひとりぼっちだと思っていた。
そう、小さな、小さな点やと思って生きてきたのだ。点でバラバラに人間は生きているんやと……。
しかし、このとき私という小さな点と太田くんという点がしっかりと線で結ばれたような気がした。私たちは小さな点かもしれないけど、この点が線によってつながっていくということを初めて実感することができた。
そしてこの線のつながりがずっと、ずっとのびていって、大空の天にまでつらなっていくような気がした。 |